柚時雨
そんな彼女から
ふわりと甘酸っぱい香りがした。
柑橘系の、爽やかな香り。
香水か何かだろう。
鼻に突かず心地良い。
「あ!ねぇ、待って!」
思わず俺は、遠ざかる彼女を
呼び止めていた。
「あの…君の名前は?」
不思議そうな表情で振り向いた
彼女の姿は、どこかあどけなく
どこか美しい大人のような雰囲気を
かもしだしていた。
「………ゆい子」
ぽつりと呟いた彼女。
その声は、なんだかか弱く
次第に強さを増していく雨音に
掻き消されそうだった。
でも、俺は聞き逃さなかった。