したたかな彼女
志保は今のアパートに住みだしてからすぐに、二つ左の部屋の住人に恋をしていた。
二十代後半のお兄さん。
彼女は一目見たときから彼を気に入ったのだ。
「芳樹さんおはよう!」
朝、いつも志保と芳樹は出勤時間がかさなって、二人は同じバス停から同じバスに乗り込み、そして同じ駅で降りるのが日課だった。
お互い、休みで会えない日を除いてね。
「おはよう志保ちゃん。 そういえば新作のケーキが増えたんだよ。 また食べにおいでよ」
彼は駅のカフェでケーキを焼いている。
たまに志保は仕事帰りに寄って、芳樹の作った(と思われる)ケーキを一つ買っていく。
給料日の後はまりえの分も。
でも二人ともいつも食べるのは次の日の朝。
夜は太るから食べないようにしている。
「本当?! どんなの?」
「えっとねぇ・・・」
バスが走ってくるのが音と目でわかる。
そのバスの中にいる誰が見たって、バス停にいる二人は仲好しにみえた。
もちろん、志保も思っていたし、芳樹も思っていた。
バスを待っている間も
乗って駅に着くまでの15分間も。
志保にとって、それは至福のひとときだった。