例えば星をつかめるとして

「……叶多」

名前を呼ぶ。色々な想いがぶつかりあってまざりあって、胸の中で沸騰しているようだった。

溢れてきそうな涙を手の甲で拭って、空を睨みつける。それから、手紙を離さないようにしっかりと握って、勢いよく飛び出した。じっと部屋で泣くなんて、出来なかった。

早く、早く行かなければ。私だって、伝えたい想いは山のようにあるのに。

時刻は既に夕暮れ時、黄色くなった西日を背に受けて、私は星見峠までの道を、勢いよく自転車で駆け抜けた。




* *



目的の場所に辿りついたのは、いよいよ夕日が沈みそうな頃。見下ろすと、街がオレンジ色の染まっているのが見えた。

前も、こんな景色を見たことがある。もちろん、叶多と。はっきりと、鮮明に思い出せた。

日に日に薄れかけていた叶多に関する記憶は、今やしっかりと蘇っていた。声や顔でさえあんなに朧気だったのが嘘のように、一つ一つの仕草や、何気ない会話、空気感まで思い出せる。

手紙を読み進める度に、失っていた私の中の『叶多』を取り戻していくような心地だった。本来ならあの手紙だって、叶多に関するものは全て消えてしまうのだから消えてしまうはずだった。それが届いたのは、叶多の願いが叶ったから、なのだろうか。まるでその奇跡の一部が、私にもかかってくれたようだった。
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