例えば星をつかめるとして
HRが終わって、真理が元気に部活動に向かったことは覚えている。けれど、それ以降が曖昧だった。
早く書き上げて、帰らないと。
「松澤さんの字って、綺麗だよね」
私の前の席に座った星野が、手元を覗き込んでそう言った。
「……そう、かな。そこまででもないと思うけど」
はっきりしない答えを返すと、星野は真面目な顔で大きく頷く。
「綺麗だよ。まっすぐで、丁寧で、松澤さんがしっかりしてるんだなってわかるような字」
「……それこそ、そんなことないよ」
静かに、けれどはっきりと否定する。
──本当にしっかりしていたら、些細なことで心を乱して、日誌を忘れてペナルティを貰ったりしない。
さっき先生にも、珍しいと言われた。私が提出物を出さないのが、珍しいと。
そんなに、そんなに私はしっかりした人間じゃない。そんな評価をもらえるような人間なんかじゃない。だってそれなら、どうして学校さぼって隕石が落ちた山になんて行くというんだ。
「……ごめん、僕、なんか変なこと言っちゃった?」
かけられた言葉にはっとして顔を上げると、眉を下げて心配そうな表情を浮かべた星野が目に入った。いけない、顔に出てしまっていたのだろうか。
私は慌てて首を振る。
「なんでもない。気にしないで」
なんとかそう誤魔化しながら、日誌に書き込んだ字を見やる。確かに線のまっすぐした、几帳面そうな字だ。綺麗、と言われることだって、全くないわけでもない。
きっと星野は、心から言ってくれたんだろう。
……あんな風に、否定しなければ良かった。
私は、黙り込む。星野も黙り込んでいた。シャーペンの芯が紙の上を滑る音だけが、二人しか居ないと妙に広く感じる教室に響く。