例えば星をつかめるとして

自分ばかりがどぎまぎしているのが、なんとなく悔しいと思った。意趣返しとばかりに、ペダルに足をかけた。声をかけずに発進する。

「わ、わ! 動いた」

すぐに、星野のびっくりしたような声がする。その様子は子供みたいだ。もうそう思うことにしよう。後ろに乗ってるのは子供。高校生じゃない。子供。ドギマギすることもない。

そんなふうに言い聞かせながら、漕ぐことだけに集中しようとする。二人乗りだけれど、星野はさっきの言葉通り浮いているのか全く重くない。漕ぐ力加減だけはいつも通り過ぎて、かえって余計な感覚をシャットアウト出来ない。

重さは、普通。けれど感触と気配は二人乗りのそれらで、混乱しそうだった。ふっと気を緩めると、腹にまわった腕やその他もろもろを意識してしまいそうになる。

「松澤さん! 風が気持ち良いね!」

相変わらず星野は能天気だ。その様子がちょっと腹立たしい。いや、違った。後ろに乗ってるのは子供なんだった。能天気で無邪気で結構なことである。

子供だ、子供だ、と脳内で繰り返しながら漕ぎ続ける。

けれどそんなごまかしも、すぐに必要なくなった。

「ん……?」

違和感を覚えたのは、上り坂に差し掛かったところ。

星野は浮いているらしい。だから二人乗りでも重くないのは当然のことなのだけど、それにしてもあまりにも軽すぎる。この坂は、もっと気合入れて漕がないと登れないのに。

いつもだったら立ち漕ぎするところを、サドルに腰掛けたまますいすいと登っていく。足も、息も、疲れない。何だか、おかしい。

それに、何だかいつもより視界も高いような。
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