立志伝
葛螺が玖葛に会った日から幾日か過ぎたある夜のこと…
「(今宵はあまり月が見えない…)」
葛螺は回廊を歩き寝所へ向かっていた。
静かな回廊には自らの足音ばかりが響く。
「兄上。」
静まり返っていた回廊に一つの声が響いた。
高くもなければ低すぎもしないこの声の持ち主を葛螺は知っていた。
「架藍。」
「兄上、お久しぶりです。」
「ああ。近頃は寝所に篭り床に伏せってばかりいると聞く。このような夜中に出歩いていていいのか?」
葛螺は弟の架藍が病床にあるという側官の話しを耳にしていたため、その是非を尋ねたのだった。
「誰かが大袈裟に話したのですね。私ならば大事ありませんよ。」
そう言うと架藍は微笑を浮かべた。
両親を同じに持つのである、架藍の容貌も兄と同じく整っていた。葛螺とはまた違う美しさではあったが、兄が日ならば、弟は月というところであろうか。
月光に照らされたその顔は普段にも増して美しさを見せていた
「私よりも兄上です。お顔色が優れませんよ。」
架藍は葛螺に近づくとその手を取り、心配気な表情を浮かべたのだった。
「顔色が悪いか……。そのような事を言ったのはそなたが初めてだ。」
「浮瀬殿はおっしゃりませんでしたか?」
「ああ…。」
「何かあったのですか?」
「架藍。」
「はい、何です?」
「腰を落ち着けて話をしないか?」
「私でよければ喜んでお相手致しましょう。」