立志伝
「こうして二人きりでお話するのも久しぶりですね。」
「そうだな…。時が過ぎる速さは身をもって知るものだ。」
「幼い頃は世話をする者たちから逃げて来てはここへ隠れたでしょう?雀を捕まえようとしたり兄上と楽を競いあったり…。本当に楽しかった。」
「…………。」
「兄上?」
「名を、名を呼んではくれないか?」
「名とは、兄上の事をですか?」
「そうだ…。葛螺、と…。王位に就き早五年。その間に父上は亡くなり、母上は宮に篭ってしまわれた。今となっては私を名で呼ぶ者などいない。名を呼んでくれなど、まるで幼子の我が儘だな。」
「葛螺。」
「っ!」
「葛螺。あなたの名だ。」
「ああ、私の名だ。」
葛螺は心が満たされて行くのを感じた。
それから半時ばかり経った頃、二人はそれぞれの寝所へ向かうべく、話を切り上げようとしていた。
「病み上がりの所付き合わせて悪かったな。」
「いいえ。私は大変楽しかったですよ?それに次からは名で呼びましょうか?」
「では二人きりの時に。」
「御心のままに。」
こうして二人の夜は更けていった。