イケメン伯爵の契約結婚事情
「おい。きいているのか?」
苛立ちを含んだ問いかけに我に返り、エミーリアは返事について考えた。ここで身分をばらすのは得策ではないだろう。
「お嬢様っ」
そのうちにトマスがやってくる。
彼はしまったという顔をしたかと思ったら、すぐに馬から降り頭を下げた。
「あなたはクレムラート家のご当主・フリード様ですね。ご無礼をお許しください。私共に悪意はありません。狩りをしていて迷い込んでしまっただけなのです。すぐに立ち去りますので、どうかご容赦を。……さ、お嬢様も」
どうやらこの居丈高な男は隣の領地の当主らしい。
前領主が亡くなり、息子が跡を継いだというのは風の噂で聞いてはいたが、実際に見ると思っていたよりも若い。
トマスは強引にエミーリアを馬から下ろし、頭を下げさせた。
ムッとはしたが、エミーリアは仕方なく従う。隣のクレムラート家の領地にまで入り込んでしまったとなれば非があるのはこちらの方なので、もめ事を起こしていいことなど何もないだろう。
「待てよ」
立ち去ろうと馬に再び跨ろうとしたとき、背中に呼びかけられた。
「名乗りもしないのは失礼だろう? 俺はクレムラート家、第十四代当主・フリードだ。こっちは従者のディルク。君たちの名は?」
領地内だからなのか、男はあっさりと自分の身分を口にした。