イケメン伯爵の契約結婚事情
「……言うことを聞け」
言ったが早いか、フリードはエミーリアを抱き上げる。
「ちょっと、フリード!」
目を合わせてはもらえず、そっぽを向いたまま歩いている彼を、エミーリアは飛び出しそうな心臓を抑えたまま下から見上げる。フリードは無言のまま寝室へと一目散に向かっているようだ。
「エミーリア様? フリード様も」
先にメラニーを部屋に戻し、戸口で警備にあたっていたトマスに扉を開けさせ、モノを投げるようにエミーリアをベッドに放り出す。
エミーリアが何とか体を起こすと、鼻先に指先を突き付けられた。
「いいか。大人しくしてろよ」
「ちょっと! フリード」
言い返す間もなく、フリードは扉の向こうに消えてしまう。
「何なの。何なの、何なのよっ」
渦を巻くような感情のぶつけ所が分からず、エミーリアは枕を何度も布団に投げつけ、最後にぎゅっと抱きしめた。
(唇が、いつまでも熱い)
指先でなぞると、先ほどのキスが思い出されて、泣きたいような気分になってくる。
戸惑いと、言いようのない切なさに胸が苦しくてたまらない。
(契約だって言ったのに、……どうしてキスなんてするの)
エミーリアの頬を伝った涙が、手の甲にポトリと落ちる。
(悲しいのは、愛のないキスに私ばかりが嬉しいと感じてしまうことだわ)