イケメン伯爵の契約結婚事情
「まあいいわ。戻りましょ……きゃっ」
そのときだ。
廊下から突然現れた年配の侍女とぶつかった。どうやら、地下の食糧庫から出てきたようだ。
「これはエミーリア様、申し訳ありません」
頭を下げた拍子に、彼女のポケットから小瓶が落ちる。転がったそれは、エミーリアの足にぶつかって止まった。
「落ちたわよ」
「あ、申し訳ありませんっ」
目深にかぶった三角巾の隙間から見えたのは、ただれたような跡の残る額。驚きのあまり息を吸い込むと、侍女はさっと三角巾の前を抑えた。そして、拾い上げようとするエミーリアより一瞬早く瓶をとり、頭を下げて足早に歩いていく。
普通使用人は主人が通り過ぎるのを待ってから動くものだ。この行動はかなりぶしつけであると言える。
それにあの侍女は、前にもここで見たことがある。
地下にある食糧庫から出てきたのも、以前と同じだ。
「今の、アルベルト様の侍女のラーレ様ですね。今日はアルベルト様はいないのにどうしたんでしょう」
メラニーの不思議そうなつぶやきに、エミーリアは顔をあげる。
「アルベルト様の侍女なの?」
「ええ。アルベルト様は変わった時間に軽食を欲しがることが多くて、よくこの辺りにいらっしゃいますよね」
「そうですね。深夜に軽食を頼まれたりしますよ。自分がいるときは引き受けますが」
カールも頷き、「でも、今日はアルベルト様もお出かけになったのに」といぶかしがる。