イケメン伯爵の契約結婚事情
「そんなに心配なら君もついてきたらいい。エミーリア嬢も全く未知の領地に一人で来るのは心細かろう。では、後程正式に婚礼の希望を出す。ベルンシュタイン伯爵によろしく伝えてくれ」
「分かったわ。……でもあなたと私が今日会ったこと自体、父にはバレたくないのよ。……そうね。密かに文通でもしていたことにしましょうか。会ったことはないけれど、手紙の内容であなたが私を見初めた。それでどう?」
「分かった。そうしよう」
フリードが手を伸ばしたので、エミーリアも応じようと手を重ねた。
握手かと思っていたのに、彼はエミーリアの手を目線の高さまで持ち上げると、指の付け根に唇を落とす。そして、茶目っ気のある笑みに、エミーリアの心臓が一度飛び跳ねた。
「契約成立だ」
「え、ええ」
手が離され、フリードはまだ納得しかねているトマスの肩を抱き、何やら話しかけていた。
一方、フリードの従者・ディルクは手際よく獲物であるイノシシを縛り上げ、馬の鞍に括り付けている。新鮮な肉はきっとおいしいだろう。
(せっかく仕留めたのにな)
ちょっとだけ残念な心持でいると、トマスが諦め顔で近づいてきた。
「お嬢様、戻りましょう」
「ええ。何を話していたの?」
「山抜けの近道です。さ、早くしないと奥様達が戻ってきてしまいますよ」
促されて、エミーリアは自分の愛馬に乗った。
走り出してから後ろを振り向くと、フリードが見送っているのが見える。
(私の旦那様になる人……か)
降ってわいた縁談話を、案外嫌でもなく受け入れている自分に驚きつつ、エミーリアは馬を急がせた。