イケメン伯爵の契約結婚事情
エミーリアが唇をかみしめていると、隣のフリードからは舌打ちが聞こえた。見れば、こぶしは固く握られていて、怒りをこらえているようだった。
「なんで、男装なんか……母上と話してくる」
踵を返し、奥の部屋へと向かう。
それを見送ったエミーリアはしゃがみ込み、マルティンの手を握り締める。
「ごめんなさいね。少し教えてくれるかしら。このノートによると、あなたは毎日家庭教師の先生と七時間もべんきょうしてることになっているけど、本当にそんなにしているの?」
少女は小さく首を振る。
「家庭教師の先生は、もう来られないんです。お金がなくて。弓も、練習しているけど全然上手にならない。今度お父様が来る時までに、ちゃんとできるようにならないといけないのに。あの、お兄さんはできますか? もしよかったら教えて欲しいんですけど」
トマスに向かって心細げに問いかける姿を見ていたら、エミーリアはたまらなくなった。
「マルティン。その。……変なことを言ってごめんなさいね。あなたは女の子なんじゃ」
マルティンは慌てて、胸元を抑える。
うつむいて、恐る恐るといった風にエミーリアを見る。
「僕は、……その」
「あなた十三歳でしょう? もう隠すのは無理よ」
彼女の肩を抱きながら、エミーリアはノートを足元に捨てる。
この子を男として育てることに決めたのは、アルベルトとフリードの母どちらなのだろう。
成長すればいつか必ずばれる。それが考え付かないアルベルトではないだろうに。