イケメン伯爵の契約結婚事情
「あ、あの……」
おびえた様子の少女をこれ以上怖がらせないように、エミーリアは必死に笑顔を作る。
「こんなものいらないわ。それより少し散歩しましょう? あなたとお話ししたいの」
「でもあれがないと、僕」
「あそこに書いてあることなどどうでもいいわ。あなたのことを好きなことを教えて?」
「だから、チェスと弓……」
「そうじゃなくて。あなたが好きだとか楽しいと感じることよ」
手をつないで歩き出す。少女はくすぐったそうな顔をして、エミーリアの髪を見つめる。
「好き……というか、エミーリアさまの髪はとても綺麗です」
艶のある唇から、放たれる綺麗な声。この子が歌を歌えばとてもきれいに響くんじゃないだろうか。
「あなたも伸ばせばこんな風に結えるわよ。名前も……マルティンじゃ男の子の名前だもの。もっと可愛い名前が似合うわね。それに私、あなたの声が好きよ。胸にスーッと入ってくる」
「……本当?」
「ええ。いろいろなこと、お母さまと相談してみましょう? あなたはとても綺麗な女の子になると思う」
男装している今でさえ、その輝きを見つけられるほどなのに、アルベルトは、この子を男として領主に立てれるなどと、本気で信じていたのだろうか。
もしかしたら、思い描いていたものが砂上の楼閣であることに、どこかで気付いていたのかもしれない。
だから、最期に選んだのが死だったのだろうか。
だとしても、エミーリアは同情する気にならなかった。やったことの責任も取らずに死ぬなど、逃げ以外の何物ではないではないか。