イケメン伯爵の契約結婚事情
「おお、すまんすまん。何、ふたり仲睦まじくて私は嬉しいんだよ。ギュンター、お前は細かいことに目が届きすぎだ。母親そっくりなのはいいが、おおらかさが足りん」
懐かしい父と兄の会話に、エミーリアとトマスは顔を見合わせて笑う。
そこへ、ディルクが人波をかき分けてやってくる。
「そろそろお時間です。フリード様とエミーリア様はそろってご挨拶をお願いします」
「ああそうだな。行こう」
フリードは肘を曲げ、エミーリアは自然にそこに腕をからませた。
「そんなに昔からトマスは一緒なのか」
「幼馴染みたいなものよ。もうっ、ご挨拶あるのに顔が固いわよ、あなた」
「だったらお前がほぐせばいい」
ほんのちょっとの隙だ。
かがんだフリードが、エミーリアの唇をかすめ取る。
こんな人ごみのなかで、とエミーリアが固まっていたら、「これで、これ以上は突っ込まないと約束する」とぺろりと舌をだした。
見ないふりをしていたディルクは、フリードの機嫌が直ったのを見て取ってか、「早く、こちらでお願いします」と急かしだした。
ひな壇に立ち、背筋を伸ばして高らかに挨拶を始めるフリードをエミーリアは一段さがったところから見つめた。
「皆さま、本日はようこそお越しくださいました……」
女の務めとは、家を守り夫を立てること。
そういわれるだけあって、この国では女性はあまり出しゃばらない。こうした挨拶は夫がするもので、妻は大人しくうつむいて夫の脇を飾る花であればいいのだ。
しかし、フリードはエミーリアを仰ぎ見て、手を伸ばした。
「紹介します。妻のエミーリアです」
促され、ディルクにも背中を押され、エミーリアは一段上る。
「お前の声で、伝えるといい」
耳元でささやかれた声に勇気をもらい、エミーリアは顔を上げ最高の笑顔で応えた。
「エミーリアと申します。皆さま、どうぞこれからもよろしくお願いいたします。今日は楽しんでいってくださいませ」
宴席は、それで一層の盛り上がりを見せた。
ふたりが並び立つ姿は、まるで肖像画のようだったと、後々まで語り継がれたという。
【Fin.】