イケメン伯爵の契約結婚事情
『私、あなたの声が好きよ』
そう言ってもらえた時、本当に泣きたいくらい嬉しかった。
会ったばかりのエミーリア様からの『一緒に来ない?』という誘いに手を伸ばしたのは、それが理由だったかもしれない。
*
まるでおとぎ話のお姫様が着るドレスのようだ。
目の前に広げられた薄桃色の裾が広がったドレスを見て、マルティナは内心でため息をつく。
「僕には似合わないから……結構です」
「あら、色が嫌い? どの色なら好き?」
エミーリアは困ったように眉を寄せる。
マルティナも困ってしまう。
ドレス自体が似合わないからいらない、と言っているのは、理解してもらえてなさそうだ。
「こちらがいいですかねぇ」なんて、侍女のメラニーとドレスをとっかえひっかえしている。
「エミーリア様、そういう意味じゃありませんよ。今まで男の服しか着ていないのに、いきなりそんなひらひらなの着れるわけないじゃないですか」
背中から本心を代弁してくれているような声が聞こえ、マルティナはホッとして後ろを向いた。
そこにいたのは、エミーリアの従者であるトマスだ。
大きな体に、つんつんと立ったダークブラウンの髪。体の大きさは、マルティナの父であるアルベルトを思わせるけれど、顔立ちはずっと優しい。
「でも女の子らしい恰好をさせたいのに」
「無理強いさせるのなら、あなたは奥様やマルティナ様の母君と変わりませんよ」
不満げなエミーリアに諭すようにいうトマス。
マルティナがつい最近まで住んでいたあの別荘地の屋敷では、母親であるジモーネが女王様だった。従者がそんなこと言ったものなら、どんな罰を与えられるかわからない。
ハラハラしながらふたりを見ていると、エミーリアがふうとため息をついた。