イケメン伯爵の契約結婚事情
「花なんて、その辺から摘んでくるものだとばかり思っていたわ」
「深窓の令嬢は花の髪飾りもしないのか?」
「だって、社交に出ることもほとんどなかったもの」
言われてみれば、兄の結婚式の時の豪奢な花束や兄嫁の花飾りが、そこらで摘んだものであるはずはない。
世間知らずな自分に、エミーリアは顔を赤らめた。
農民たちは、領主が通るのを見ると、作業の手を止めて頭を下げる。
大々的に式を行わなくとも、フリードが新しく妻を娶ることは前もって通達があったため全領民の知るところだ。
「おめでとうございます」
親しみを込めて向けられる笑顔に、エミーリアは感動した。
領主と民の距離が近い。それも、ベルンシュタイン領では見られない光景だった。
「……いい国ね」
「そうか?」
「ええ」
「これから悪いところも見せることになる。覚悟しておいてくれ」
「……?」
農村地帯を過ぎると、家々が連なる区域に入った。その奥に一際大きな建物が見える。
「あそこが屋敷だ。君の家にもなる」
「……あれが」
石造りの外観。
ベルンシュタイン家も大きかったが、それに劣らない豪奢なつくりのお屋敷だ。
「君は今から、クレムラート夫人だ。屋敷の中ではきっと嫌なことも起こるだろう。困ったことがあれば何でも言ってくれ。必ず俺が守るから、上手く貞節な妻を演じ続けてほしい」
「了解しました。旦那様」
にっこり笑ってエミーリアは事情を知るトマスを仰いだ。
不安そうな顔で彼女を見つめるトマスは、内心、どうか無事に済みますようにと神に祈っていた。