イケメン伯爵の契約結婚事情
「まあ、疲れただろう。俺も仕事があるし、しばらくはゆっくりするといい。側付きメイドには続き間を与える。不便があれば俺か、ディルクに言ってくれ」
フリードの側にいつも仕えている無口な側近が礼をする。山中で初めて会った時も連れていたところを見ると、彼にとっては信頼できる家来なのだろう。
「わかりました。あ、それとトマスは?」
「トマスには下男用の一室を与える。あいつは馬の面倒を見ると言っていたが、俺にはもう少し有能に見えるが気のせいか?」
「トマスはなんでもできるわ。私の護衛、世話役、馬番、全て兼ねていたのよ。本当ならお兄様だって側近に欲しがっていたんだから」
それでも、伯爵がトマスをエミーリアの方につけたのは、あまりに彼女が危なっかしかったからだろう。
「……そうか、分かった。じゃあ、トマスは君の警護に回そう」
「ありがとう」
「では俺はしばらく執務室にこもる。また夕食の時に会おう」
フリードはディルクを伴い部屋を出ていく。
途端にそれまで大人しくそばいついていたメラニーがへなへなと床に座り込んだ。
「メラニー、大丈夫?」
「はぁ……。緊張しました、私。フリード様はなんかキラキラしてて興奮したし、アルベルト様との空気もなんだか不穏で今度はドキドキして」
人間、自分よりうろたえた人間がいると逆に落ち着くものだ。エミーリアは自分の不安が収まっていくのを感じた。
半泣きで訴えるメラニーをぎゅっと抱きしめ、安心させるように背中を撫でる。
「お、お嬢様?」
「メラニー。私、あなたがいてくれて心強いわ。ついてきてくれてありがとう」
「エミーリア様」
メラニーは感極まった様子で頬を赤く染め、勢いよく涙をぬぐった。
「わっ、私、ずっとエミーリア様のおそばにおりますからっ」
嘘のないメラニーの言葉に、エミーリアはようやく人心地が付いた気がした。少なくとも味方が確実にふたりはいてくれる。それが分かっただけでも心強いというものだ。