イケメン伯爵の契約結婚事情

しかし本日、エミーリアはベルンシュタイン家所領の山中にいる。

伯爵と兄は仕事で中央領に、母と義姉は領内の有力貴族と昼食会、という珍しく屋敷が閑散とするチャンスを無駄にするようなエミーリアではない。

従者のトマスを言いくるめ、久しぶりに趣味の狩りを楽しむべくお忍びで屋敷を抜けてきたのだ。


山道はなだらかになってきた。木々の隙間から涼しい風が通り、汗ばんだ体を冷やしてくれる。


「気持ちいわね、トマス」


確かに気持ちがいい。
しかしトマスの内心はそんなに穏やかではない。


トマスはエミーリアより六歳上の二十三歳。両親ともにベルンシュタイン家の召使であるため、小さな時から屋敷で暮らしている。
長く一緒にいるせいか、兄妹という感覚にも近いエミーリアのわがままにトマスは弱い。

今日もついつい言うことを聞いてしまったが、山を登るにつれ後悔が沸き上がってきていた。

自分の使命は、エミーリア嬢を噂通りの楚々としたお嬢様にすることであって、彼女の気晴らしをさせることではない。いつまでも自由でいられる年齢ではないのだから。


「もう領地の境界すれすれまで来ています。そろそろ戻りましょう。誰かに見つかったら大変です。分かってます? あなたは本来、今日も部屋にこもってベッドカバーを仕上げなきゃならないんですよ?」

「分かってるわよ。でも、仮に見つかったところで、深窓の令嬢がこんなところにいるわけないんだから、私がエミーリアだなんてばれるはずないじゃないの。大丈夫! ベッドカバーは私の代わりにメラニーがやってくれているから、お父様だって誤魔化せるわ」


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