イケメン伯爵の契約結婚事情
下働きの少年が「わあ、エミーリア様だ」と駆け寄ってきて、視線が一気に集まる。
「こんにちは、皆さん、いつもおいしい料理をありがとう」
「いえ、そんな」
「こんなところにお越しになるなんて。御召し物が汚れます」
調理場にいた面々が慌てて追い立てるので、エミーリアとトマスはすぐに出なければならなかった。
「もう少し探検したかったのに」
「仕方ありませんよ。深窓の令嬢はこんなところ来ませんって」
追い出されて二人並んで歩いていると、突然ぬっとあらわれた人影があった。
「きゃっ」
「え? ……エミーリア様?」
影になっていて見えなかったが、どうやら地下への階段があり、この侍女はそこから出てきたらしい。
年配で暗い髪の女性だ。白の三角巾を目深にかぶり、やたらに頭を下げる。
「申し訳ありません。驚かせてしまいました」
「いいえ、私こそ、ごめんなさい」
「失礼します」
侍女はうつむいたまま速足で去っていく。
エミーリアはそれを見送ってから、薄暗い階段をじっと見た。