イケメン伯爵の契約結婚事情
「男に生まれたかったわ。そうしたらこんな風に隠れて狩りをしなくてもいいのに」
その主人はこんなことを言うのだからやってられない。
とにかく、とトマスは咳払いをする。
「お嬢様を狩りに出したと知られたら私がクビになってしまいます。私はあなたを噂通りの深窓の令嬢にしろと言われているんですからね。お願いしますよ」
「お父様もお母様もバカよね。私が今更変われるわけないじゃないの。まあでもトマスがクビになったら可哀想だからね、おとなしくしてるわよ。それでいいでしょ」
朗らかにいい放ち、エミーリアは再び馬を走らせる。
それでいいでしょ、と言いつつ内緒の狩りを辞めないのはどういうことだと思わないこともなかったが、エミーリアはすでに聞く耳を持っていないようだ。
「あっちに何かいるわよ。イノシシかしら。追うわよ」
「お嬢様、お待ちください」
トマスは慌てて馬に乗り込み、自分の主人の後を追った。
先を行くエミーリアは、腿でしっかり馬の腹を抑え、体を安定させて弓を放つ。弓は木々の合間を抜け、イノシシの体を掠めた。しかし、生命力にあふれたイノシシは奥深くへとどんどん進んでいく。