イケメン伯爵の契約結婚事情
「いるわ。今の私はあなたのものだもの」
フリードは一瞬硬直し、頬の赤みを隠すようにそっぽを向いて「気を付けて乗れよ」と言った。
そんなことに気づきもしないエミーリアは、鐙に足をかけ一気に馬の背に乗り込んだ。
またぐ際にスカートが引っかかってよろけそうになったが、ムートは慣れた馬だ。スカートをまくりあげ、体勢をもとに戻す。どうせ下着だなんだと着込んでいるのだ。見られて困ることもあるまい。
懐かしい愛馬の首元に、顔を寄せた。
「ムート、今日はスカートだから、スピードは抑えてね」
馬はいななきとともに走り出す。こちらも嬉しくて仕方ないと言った様子だ。
突然走り出した彼女に、慌てたのはフリードだ。
「あのお転婆め。ディルク、彼女を見張っておけ」
「はい」
ディルクが後を追っていったが、すぐに姿が見えなくなる。迷子になられては大変だと肩を竦めた。
「やれやれ、すごいお嬢さんだな」
「ずっとムートに乗りたいと言っていたんです。今回叶えていただけてありがとうございました」
頭を下げるトマスに、フリードは値踏みするような視線を向ける。
「……お前が礼を言うのか」
「は?」
「お前にとって……いや。そうだな。あんなに楽しそうな様子を見せられては、俺だってこれ以上大人しくしていろとは言いづらい」
「フリード様?」
「俺たちも追いかけようか」
とはいえ、トマスはムートをエミーリアに貸したために馬がない。加えて、ムートに乗せていた荷物も今はおろしている。
「私は荷物番をしていますよ。エミーリア様のところへ行って差し上げてください」
「ああ。頼むな」
フリードはエミーリアたちが消えた方向へと向かった。