奏 〜Fantasia for piano〜
第一楽章、扉だらけの白い世界
◇◇◇
六月、北海道の水色の空に梅雨の気配はなく、今日も涼やかな風が緑を揺らしている。
高校の校舎裏にある駐輪場に自転車を停めた私は、重たい鞄を手に校舎内に足を踏み入れた。
自分の教室、三年五組に向かう途中の廊下で、「綾(アヤ)」と呼び止められる。
振り向くと、坊主頭の見慣れた顔。
半袖ワイシャツから出ている腕は焼きすぎたトースト色で、私の肩をバシバシ叩いて笑顔を向ける彼の名は、高島宏哉(タカシマ ヒロヤ)。
「俺、今朝も柵越え連発の絶好調! 次の日曜、北高との練習試合なんだ。応援に来いよ」
同じクラスの宏哉は、野球部のエースで四番。
今年こそ私を甲子園に連れて行くと意気込んでいるけれど、残念ながらうちの高校は強豪校ではない普通の公立校。
春の選抜予選では一回戦で敗退していて、奇跡でも起きない限り、夏の甲子園出場も無理だと思う。
それでも夢を持って、一生懸命に練習に励む彼は偉いと思うし、「頑張って」と応援もしている。
その気持ちは、いちクラスメイトとしてのものであり、今まで何度も告白してくれた彼の気持ちに応えることはできないけれど。