奏 〜Fantasia for piano〜
鼓動が高鳴る中、複雑な想いで見つめる私。
しかし……視線が合うことはなく、奏は横を通り過ぎた。
気づかれないのは仕方ない。
彼も、五歳の私しか知らないのだから。
もしかしたら、覚えていないのかもしれない。
私にとっては強烈なインパクトと共に、救われたという気持ちのある大切な想い出だけど、奏にとっては違うかもしれない。
名乗ったら、思い出してくれるだろうか?
自信がない……。
後ろに奏が着席する音が聞こえ、先生が教壇に戻ってきた。
すると梨奈が突然、「先生!」と手を挙げた。
「なんだ?」
「香月くんと私の席を交換した方がいいと思います。転校して心細いと思うし、知り合いの近くにいた方がいいと思うので」
驚く私に振り向いて、梨奈はウインクひとつ。
待って……違うよ。
向こうは覚えていないかもしれないのに、知り合いなんて……。
先生が私を見て「香月と知り合いだったのか?」と聞くから困ってしまった。
「小さな頃に、ええと……」
しどろもどろに答えていたら、まだ許可されていないのに、梨奈が鞄を持って後ろに移動した。