奏 〜Fantasia for piano〜
入れ替わりに奏が前の席に来て、私をじっと見下ろした。
茶色の綺麗な瞳と見つめ合う。
壊れそうなほどに心拍数が上昇し、勝手に顔が赤くなった。
なにを言ったらいいのかと心の中で慌てていたら、真顔の彼に「名前は?」と尋ねられた。
「斎藤 綾」
その瞬間、奏の瞳が揺れた。
しかし、それは一瞬のことで、すぐに動揺は隠される。
彼の隣の席はお調子者の男子で、「幼馴染って奴?」という台詞に、ヒューヒューと冷やかしまでつけて、からかってきた。
着席して私に背を向けた奏は、迷惑そうな声で「たぶん」と、ひと言。
その言葉に突き落とされる。
彼の中の私の存在なんて、所詮その程度。
あの夏の記憶は私のように鮮明ではなく、私達の想いにもかなり温度差があるみたい。
予想通りと言っていい結果なのに、ショックを受けているということは、心のどこかで期待していたのだろうか。
『綾、久しぶり。会えて嬉しいよ』とでも、言ってもらえることを……。