奏 〜Fantasia for piano〜
窓から射し込む夕日が、私の体を素通りして奏を照らしていた。
親子の会話を聞きながら、状況を整理する。
刺されたことで、奏の右手は神経か腱が傷ついたのか、指が動かなくなってしまったんだ。
事件から二、三年かけて手術を繰り返し、よくなってきたけれど、まだピアノを弾けるまでではないということか……。
刺される場面を見てしまった衝撃は、私の中で今、怒りに変わっていた。
両手を握りしめ、唇を噛み締めて、犯人の顔を憎らしく思い出す。
なんの恨みがあって、こんなひどい仕打ちをしたのよ……。
そのとき、怒りが驚きに上書きされる。
「またこんなもの買ってきて!」と、奏のお母さんが急に大声を出し、椅子から身を乗り出したのだ。
こんなものとは、枕の下に隠されていた雑誌みたい。
引っ張り出されたその表紙には、世界的に有名な指揮者の写真が使われているので、音楽雑誌のようだ。
奏が音楽雑誌を隠していた理由も、それをお母さんが怒る理由も分からず、首を傾げる。
音楽の道を諦めないために、手術を繰り返しているんだよね?
音楽界の情報は知っておくべきなのに……。