奏 〜Fantasia for piano〜
そういうことだったのか……。
今の言葉を聞いて、奏の身に起きたことの経緯がやっと繋がった。
あのコンクールに、まだ無名のアラン・ベルトワーズもエントリーしていたのだろう。
アランは予選で落とされ、アランの母親は本選に残った奏を逆恨みしたのかもしれない。
もしくは、アランも本選に残ったけど、奏の演奏を聴いて息子の負けを予感した母親が、凶行に走ったのか……刺された理由は、そういうことみたい。
もしかするとコンクールよりもずっと前から、才能あるふたりということで比較され、奏のことを目障りだと思っていたのかもしれない。
事件が起きた理由を知っても、私の心からは怒りが消えない。
息子のためにライバルに傷を負わせるなんて、信じられない。身勝手すぎる。
息子も息子だ。奏がピアノを弾けなくなったというのに、ひとりだけ成功者への道を進むなんて……。
腹を立てる私と違い、奏に怒りの感情は見られない。
静かな声で、諭すように言う。
「裁判で判決は出てるよ。賠償もしてもらった。治療費も全てベルトワーズ家に負担してもらってる」
「負担してもらってるって、なによ! そんなの当たり前でしょ!
もし奏がピアノを弾けるようにならなかったら、お母さんはあの女にーー」
奏が「母さん!」と突然声を大きくする。
奏のお母さんはハッと我に返ったような顔をして、「ごめんね」と謝りうつむいた。