奏 〜Fantasia for piano〜
その日の放課後。
鞄を手に、足取り重く教室を出た。
ジャージ姿の宏哉に「綾、また明日なー!」と廊下の奥から大声で呼びかけられた。
それに手を振り応えてから、階段をゆっくりと下りて正面玄関へ。
宏哉は野球、梨奈は吹奏楽、私は部活に入っていないので、真っすぐに帰るだけだ。
正面玄関で上靴を脱いで外靴を手に持ち、裏玄関へ向かう。
駐輪場はグラウンド側にあるので、裏玄関から出た方が都合がいいのだ。
靴下で廊下をペタペタと歩いていると、はしゃぐような声が後ろに聞こえて、思わず足を止めて振り向いた。
奏とクラスメイトの女子達……。
女子四人が奏を囲むようにして話しかけながら、正面玄関に向かっている様子を見てしまった。
五人の行き先が、学校の近くにあるハンバーガーショップだと知っている。
そこで奏の歓迎会をするという話を、昼休みに耳にしていたから。
かっこよく成長してしまった奏に女子が群がるのは自然のセオリーで、仕方ないことだと思う。
私が奏と話せたのは、今朝のホームルームのひと言だけ。
後は中休みも昼休みも積極的な女子に阻まれて声をかけられない私は、奏の背中を見つめるしかできなかった。