奏 〜Fantasia for piano〜

どうしてピアノを辞めたのかと、アコールでぶつけた質問は残酷だった。

なんてひどいことを言ってしまったのだろう……。

後悔が津波のように押し寄せて、愚かな自分を責めていた。


奏を横から抱きしめる。

触れられないのは分かっていても、そうせずにはいられない。


「綾、ごめんね」と、奏の声を耳元に聞いた。

写真の中の私に言った言葉なのに、つい返事をしてしまう。


「私の方こそ、ひどいことを言ってごめんなさ……え?」


ビリっと紙の破ける音がした。

奏が写真の端をくわえ、歯と左手でふたつに引き裂いたのだ。

並んで座っていたふたりが離され、ゴミ箱に捨てられた。


「さよなら、綾」


ああ……そうだったのか……。

この瞬間に、奏の心から五歳のあの夏が切り離されたんだ。

私に対する記憶と感情を、白い世界の扉の中に閉じ込めて、捨ててしまったんだ。


奏の綺麗な茶色の瞳がベールをまとい、くすんでいく。

もう彼の心に、私はいない。

ゴミ箱の写真を見つめているのは、私だけ。


幼い頃の想い出を大切にしていたからこそ、奏は私を忘れなければならなかったのかな。

それなのに、私達は偶然にも再会してしまった。

今の奏にとって私は、辛い過去に繋がる迷惑な存在でしかないの?

近づかないほうがいいの?

あの夏に奏に救ってもらったのに、私は奏を助けてあげられないの……?


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