奏 〜Fantasia for piano〜
できるなら、私の右手を奏にあげたいという気持ちだった。
奏の右手に手を伸ばし、握手をするように触れてみる。
すると……あれ? なんだか温かい気が……。
奏の手の体温と感触があった。
すり抜けることもなく、触れることができている。
「え?」と、私と奏が同時に呟いた。
奏は驚いた顔をして右手を見つめ、それから宙に目を凝らし、透明な私を見つけ出そうとしている。
そのとき、「いけません」と天から管理人の声が聞こえ、私の体は瞬間移動のように、白い世界の長い通路に戻された。
目の前には閉められた奏の扉がある。
それと、人形みたいに美しい顔をした管理人が、眉間にシワを寄せていた。
「危ないところでした」と管理人が言った。
奏は確かに危ない目に遭っていたけど、幽霊状態の私は無傷。
「どういうことですか?」と聞いたら、こんな説明を返された。
「あなたの強い想いが、彼の世界に影響を与えてしまいました。
それは大変危険なことです。生身の体で扉の中に囚われてしまいます」
つまり……どういうことだろう?
ここに瞬間移動させられる前だけ、奏の手に触れることができた。
あれは、私が強く奏を想ったせいだというのだろうか。
それなら、嬉しい気がする。
そばにいるのに気づかれないのは寂しいし、過去の奏と話をしてみたいもの。