奏 〜Fantasia for piano〜
手の中にはまだ扉の鍵がある。
一晩握りしめていたため、すっかり私の体温と同化して、冷たさはない。
手を開き、鈍い金色が朝日に輝く様を見つめながら、これから私はどうすればいいのだろうと考える。
奏に謝りたい。
ひどいこと言って、ごめんねって……。
でも、もうバイト先のアコールに来ないでと言われたから、新学期まで待つしかないのかな……。
悶々と考える日が続いていた。
今日はあいにくの曇り空。
予備校の夏期講習を終えた私は、アコールに向かう。
五日前、奏に来ないでと言われたけど、その後も日参してしまう。店の前までは。
路地の電柱の陰から、アコールをじっとりと眺める。
窓の中に時々映る人影は、奏かな……。
そのシルエットにドキドキしつつ、なにやってるのかと呆れる自分もいる。
これじゃ、まるでストーカー。
私はただ、ひと言謝りたいだけなのに……。
ひんやりとした電柱に額を当て、店に入る勇気の出ない自分に溜息をついたら、斜め後ろから「なにやってるの?」と声をかけられた。
ビクリと肩を揺らして振り向くと、店の黒いエプロンを着て、パン屋の紙袋を抱えた奏が立っていた。