奏 〜Fantasia for piano〜

期待が膨らみ、心臓が忙しさを増す。

体に回される長い腕や、すぐ横にある綺麗な顔にドキドキして、胸が苦しい。

奏は私を抱える腕にぎゅっと力を込めた後、すぐに離した。


まるで長調から短調に転調するように、恋に発展しそうな気配をスッと消して、いつもの冷めた顔して隣に並ぶ。

私は戸惑い、対峙する宏哉は呆れたような顔をしていた。


「せっかくお膳立てしてやったのに、なにシケタ面してんだよ。普通、俺の女に手を出すなとか言って、食ってかかる場面じゃねーの?」

「綾とは付き合ってない」

「じゃあ今から付き合えよ。好きなんだろ?」


奏は答えない。

迷っているのではなく、答えたくないという意思が引き結んだ唇から伝わってきた。

ふたりは無言で視線をぶつけ合い、私はオロオロするばかり。


すると司会の人が「あの〜」とマイクを向けてきた。


「これは三角関係で、斉藤綾さんをふたりで取り合っているということでしょうか?」


その質問で、私の中に恥ずかしさが戻ってきた。

周囲の冷やかしや、「マジ修羅場?」「すげー、どっち勝つの?」という声が耳に届き、逃げ出したくなる。


< 160 / 264 >

この作品をシェア

pagetop