奏 〜Fantasia for piano〜
期待が膨らみ、心臓が忙しさを増す。
体に回される長い腕や、すぐ横にある綺麗な顔にドキドキして、胸が苦しい。
奏は私を抱える腕にぎゅっと力を込めた後、すぐに離した。
まるで長調から短調に転調するように、恋に発展しそうな気配をスッと消して、いつもの冷めた顔して隣に並ぶ。
私は戸惑い、対峙する宏哉は呆れたような顔をしていた。
「せっかくお膳立てしてやったのに、なにシケタ面してんだよ。普通、俺の女に手を出すなとか言って、食ってかかる場面じゃねーの?」
「綾とは付き合ってない」
「じゃあ今から付き合えよ。好きなんだろ?」
奏は答えない。
迷っているのではなく、答えたくないという意思が引き結んだ唇から伝わってきた。
ふたりは無言で視線をぶつけ合い、私はオロオロするばかり。
すると司会の人が「あの〜」とマイクを向けてきた。
「これは三角関係で、斉藤綾さんをふたりで取り合っているということでしょうか?」
その質問で、私の中に恥ずかしさが戻ってきた。
周囲の冷やかしや、「マジ修羅場?」「すげー、どっち勝つの?」という声が耳に届き、逃げ出したくなる。