奏 〜Fantasia for piano〜

足を一歩後ろに引くと、逃げようとした気配を察知されて、奏に手首を握られた。


「そ、奏……私、こういうの苦手で……」

「うん、俺も苦手。勘弁してほしい」


だよね。人前は恥ずかしいよね。

それなら、この手を離して逃がしてくれないかな……。

苦手という気持ちは一致していても、奏が選ぶ対応は私と違うみたい。

奏は「面倒くさいのは、これっきりにしたい」と私に言ってから、司会の人のマイクを奪うように手に取り、全校生徒に向けて口を開いた。


「斉藤綾は、今から俺の彼女。以上」


どっと歓声が湧く中で、私は目をまん丸にして奏の横顔を見つめていた。


今のって……告白とは違うよね。

好きだとか、付き合ってほしいとかじゃなく、『面倒くさいのは、これっきりにしたい』という理由で交際宣言しただけだよね。

奏の彼女になれるのは嬉しいけど、喜ぶのは間違っている気がする……。


奏は司会の人にマイクを返すと、戸惑う私の手首を掴んだまま、スタスタと歩き出した。


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