奏 〜Fantasia for piano〜
奏の肩に両目を当てて、泣かないように堪えていた。
奏の右手は、慰めるように私の背中をゆっくりと撫でてくれている。
「綾、俺と付き合っても、辛ければいつでもやめていいから。他に好きな奴ができたときも同じ」
「他に好きな人なんかできないよ。
五歳のときから、奏だけが好きなのに」
「結構、重たいね……」
体を少し離し、奏の瞳を見つめる。
困ったような、哀れむような、そんな目をする彼に、気持ちを言葉にして伝えた。
「重たくてごめん。でも、私達が再会したのは、間違いじゃないと思いたい。意味があってのことだって信じたい。
私は……奏の力になりたい」
また迷惑そうにされるかと思ったのに、今回は違った。
奏は一度目を閉じて息を吐き出し、次に目を開けたときには、口元に優しい笑みを浮かべていた。
「綾、キスしてもいい?」
驚く言葉と共に、綺麗な指先が私の顎を捉える。
「えっ、なんで⁉︎」
「彼女にキスするのに、理由がいるの?」
問い返されて言葉に詰まる唇に、奏の唇が重なった。
目を閉じるタイミングが分からなくて、数センチの距離で茶色の瞳と見つめ合う。
私より少し温度の低い唇は、なかなか離れてくれず、今にも心臓が壊れてしまいそう。
そのとき、ワッと盛り上がる歓声が、校舎を曲がった先のグラウンドから、風に乗って聞こえてきた。
こんなところ、誰かに見られたら恥ずかしい……。
深まる夜に、風が強くなってきた。
空には薄雲が広がり、見てないよというように、月がそっと顔を隠した。