奏 〜Fantasia for piano〜
「日曜は予定があって行けないよ。ごめんね」
残念そうな顔になった宏哉を廊下に残し、教室に入った。
窓際の前から四番目の自分の席に座り、取り出したのは、英単語帳と愛用の手帳。
一時間目は英語で、単語の小テストが必ずあるから復習を……するのではなく、つい手帳の方を開いてしまった。
満月とウサギを表紙に描いた手帳には、最初のページに一枚の写真を挟んでいる。
カラー写真だけど古いものなので、色褪せて黄みがかったのが残念だ。
この写真は、私の宝物。
裏には『奏(ソウ)、綾、五歳』と書かれている。
黒い横長のピアノの椅子に並んで座り、無邪気な笑顔を向ける幼い日の私達。
あれから十二年、奏には一度も会っていないけれど、きっと、どこか遠い場所でピアノを弾いていることだろう。
奏の夢はピアニストで、いつか彼の演奏をコンサートホールで聴ける日がくるのを、私は楽しみにしている……。