奏 〜Fantasia for piano〜

奏は後ろから私を抱えるように腕を回し、右手は私の体に、左手は鍵盤に置いた。

左手部分だけ伴奏が復活し、耳に奏の穏やかな声が響く。


「綾は右手部分を弾いて。
一緒に最後まで伴奏しよう」


涙を拭い、私も右手の伴奏を再開させる。

ホッとしたような空気が体育館に広がり、みんなの歌声からも戸惑いが消えた。


奏は左手、私は右手。

ふたりで奏でる音が、お互いを優しく支え、余っている手は私の胸の上で繋がれて、しっかりと握り合った。


「綾、ありがとう。俺を救ってくれて。
綾が繋いでくれた希望の光を絶やさないよう、夢を全力で追いかけるよ」

「うん……」


奏に扉から出る勇気を与え、未来への道を繋げたのは私だと、自惚れてもいいのかな。

なにもしてあげられないと随分思い悩んだけど、それも無駄じゃなかったのかもしれない。

五歳のときに私が奏に救われて、成長した今、その恩返しができたんだ。

ありがとうの言葉が、心に染みて痛いほどだよ……。


揺れる私の音を、奏は低音で支えながら、「もうひとつ」と囁いた。


「今朝、俺の厳しい未来に綾を巻き込みたくないと言ったけど、もし偶然どこかで巡り会えたら……そのときはきっと、二度と離せない」


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