奏 〜Fantasia for piano〜

「あ、お父さんだ!」と私からパッと離れた爽くんは、鞄に帽子と急いで帰り支度をしている。

やっぱりお父さんの方が、爽くんにいい顔をさせられるみたい。

それは当たり前で、素晴らしいことでもあるのに、先生はちょっぴり寂しい……。


玄関に行くと、スーツ姿の爽くんのお父さんが、ハンカチで額の汗を拭いながら待っていた。


「どうも、遅くなってしまいまして」


「いえ、お仕事お疲れ様でした。
見て下さい。爽くんは今日、頑張ったで賞シールをもらったんですよ!

爽くん、お家でお父さんに、なにを頑張ったのか話してあげてね」


「うん。綾先生、さよーなら。
お父さん、あのね……」


手を繋いで帰って行く親子を見送って、うさぎ組を片付けてから、職員室に戻った。

他のクラスの先生達が「お先に〜」と帰っていく中で、私はやっとデスクワークに取り掛かる。


それから二時間ほどかけて仕事を終えると、時刻は二十時。

園長も用務員のおじさんも、みんな帰った後なので、園内はシンとして、寂しげな空気が漂っていた。


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