奏 〜Fantasia for piano〜

この道を真っすぐ行くと、国道二百七十五号線に入り、北東に二時間ほど走ればおばあちゃんの家があった田舎町に着くよね……。

そう思ったら、無性に昔が懐かしくなった。

五歳の夏の想い出が、次々と蘇っては消えていく。

その後には高三の、頑張っていた自分の姿が頭に浮かぶ。

冷めきった奏に拒まれても、何度も正面からぶつかって、ついには扉から奏を救い出した。

卒業式の朝、音楽室で弾いてくれた『月の光』の演奏は、色あせずに今も、私の耳に心に響き続けてくれている。


幼稚園の先生になって一年目、子供の気持ちが掴めなくて悩んでいたとき、想い出をそっと開いて、美しい響きの音に心を慰めてもらった。

保護者との連絡がうまくいかずに叱られて、もうダメだと弱気になったとき、奏は私よりもずっと大変な世界で努力しているんだと思い、私も頑張ろうと心を奮い立たせた。


奏を想えば、私は強くいられる……はずなのに、今日の私はどうしてしまったのか。

寂しさに押しつぶされて、泣きたい気分。

卒業式の合唱の伴奏で、あんな言葉を残した奏が悪いんだ。


『もし偶然どこかで巡り会えたら……そのときはきっと、二度と離せない』


その日がきっと来ると、信じている私はバカなのかな。

奏……会いたいよ……。


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