奏 〜Fantasia for piano〜
写真を見ながら頭の中に流れているのは、ドビュッシー作曲の『月の光』。
ベルガマスク組曲の第三曲で、有名なピアノ独奏曲だ。
静かに美しく始まる繊細なメロディは、月明かりの色彩の変化を感じさせ、心を優しく照らしてくれるよう。
でも、徐々にその響きに、儚さや物悲しさがにじんで……。
かつて奏が聴かせてくれた美しい音色を思い出していたら、前の席の椅子がガタンと音を立てた。
頭の中のピアノの音が途切れると同時に、呆れた声が降ってくる。
「まーた、ピアノの王子様を見つめてるんだ。
五歳の初恋を引きずってないで、宏哉をどうにかしてやんなよ。
綾にまた振られたって、廊下に座り込んでたよ」
鞄を下ろして前の席に座り、話しかけてきたのは、友達の遠峰梨奈(トオミネ リナ)。
一年の時から同じクラスの梨奈は一番の仲良しで、だからこそズバズバと痛いところも突かれてしまう。
「練習試合を観に行けないと言っただけだよ。
それに、初恋を引きずってるわけじゃなくて……」