奏 〜Fantasia for piano〜
それなりに人気のある宏哉を振り続けている理由は、奏のせいじゃない。
初恋は綺麗な想い出として心に大切にしまっているだけで、今の私は彼を求めているわけじゃないから。
ただ、どうしているのかなって。
プロのピアニストになると言っていた奏の夢は、どこまで現実に近づいているのだろうと、気になって。
奏はただの初恋の人じゃなく、迷子の私を救ってくれた恩人だから……。
梨奈に言い訳していたら、ホームルーム開始のチャイムが鳴り響いた。
遅刻ギリギリに駆け込んできたクラスメイト達が慌ただしく着席し、廊下で落ち込んでいた宏哉も教室に入ってきた。
そうだ、英語の小テスト。
ホームルーム中に出題ページを、おさらいしておかないと……。
写真をそっとスケジュール帳に戻して、机の端に寄せ、今度こそ単語帳を開く私。
教室のドアが開く音がして「早く座れー」という、担任の男性教師の声を耳にした。
それはいつもとなんら変わりない、ホームルームの始まり。
それなのに、なぜか急に教室内がざわついた。
なんだろうと単語帳から視線を上げると同時に、「転校生を紹介するぞ」という先生の言葉に驚かされる。
この時期に転校生?
もう、高三の六月なのに……。