奏 〜Fantasia for piano〜
ゆっくりとピアノに向けて歩くこの子は……私だ。
五歳のときの私に間違いない。
天井には天窓があり、そこから満月の光が射し込んで、ちょうど奏とピアノの鍵盤の上に、青白い光の帯を伸ばしていた。
ああ、この音……この旋律……。
幼い私が泣いていて、今の私も泣いている。
聴きたかった奏のピアノを、もう一度聴くことができて、心が喜びで震えていた。
ドビュッシーの『月の光』を、五歳とは思えぬテクニックと、感情豊かに奏でる奏は、幼い私に気づいて途中で弾くのをやめた。
鍵盤に手を乗せたまま、キョトンとした顔で聞く。
「君は誰? こんな夜中に、どうしたの?」
それが、私と奏の出会い。
懐かしさや喜び、あの頃のホッとした気持ちや、ピアノを辞めてしまった今の彼に対する悲しみと、様々な感情が一気に湧き上がって、涙が止まらない。