奏 〜Fantasia for piano〜
涙でぼやける視界の中で、奏が幼い私の頭を撫でて、「お家に帰れるから泣かないで」と慰めてくれていた。
大切な想い出に浸る私。
その隣では、管理人が観察するような視線を五歳の私に向けていて、なにかを考えているように白い手を顎の下に添えていた。
それから一度頷くと、まだ涙の止まらない私に向けて言った。
「あなたもかつては、この世界のお客様だったようです。
ご成長された姿では気づきませんでしたが、小さな頃のあなたには見覚えがあります」
私がこの世界のお客様?
そう言われても、喪服のおじいさんのように最愛の人と死別したこともないし、白衣の研究者のように怒りで暴れたこともない。
どういうことかと気になって涙を引っ込めたら、「記録をお見せしましょう」と言われた。
燕尾服の内側から引っ張り出されたものは、これまたどこに入っていたのかと不思議に思う、ハードカバーの分厚い本。
管理人はパラパラとページをめくり、すぐに私の記録とやらを探し出した。
「ありました。これですね」