奏 〜Fantasia for piano〜
第二楽章、ト音記号を抱くウサギ
◇◇◇
おかしな夢を見た日から、二週間ほどが過ぎた。
七月に入り、北海道も夏らしい気温になる。
真っ青な空に、群れからはぐれたような小さな綿雲が、ひとつ浮かんでいた。
窓際の自分の席でそれを見てから視線を戻し、黒板を……ではなく、つい前の席の奏の背中を見つめてしまう。
暑くないのかな……。
私は半袖ブラウス姿。
男子も女子も、クラスのほとんどが半袖を着ているのに、奏はまだ長袖ワイシャツ姿なのだ。
暑くないのかという疑問も、せめて腕まくりすればいいのにというアドバイスも、今は四時間目の数学の授業中なので、ぶつけることはできない。
いや、授業中じゃなくても、奏に話しかけるのは、結構難しくて……。
奏の女子人気はもの凄い。
帰国子女のイケメン転校生が来たという噂は瞬く間に広がり、他学年の女子まで覗きにくるほどだ。
奏にしたら、キャアキャアと騒がれるのは嬉しくないようで、昼休みはひとりでどこかに行ってしまうし、放課後もすぐに帰る。