奏 〜Fantasia for piano〜
謝るべきところで、逆に先生を謝らせてしまった。
着席してホッと息を吐き出してから、小声で奏の背中に声をかける。
「奏、ありがとう」
返事の代わりに、少しだけ左手を持ち上げて応えてくれた。
どうしよう……胸がドキドキして、また意識が授業から離れてしまう。
この胸の高鳴りは、驚きと喜びによるものだろう。
他人に関心がないように見えたのに、まさか助けてくれると思わなくて。
私だから特別に助けてくれた……ということはないと思うけど、ほんの少しだけ、それを期待している自分もいた。
数学の授業が終わると、お昼休み。
奏に改めてお礼をと思ったのに、パンの入ったコンビニの袋を下げて、さっさと教室を出て行き、言えなかった。
そして私は、後方端っこの梨奈の席に椅子を寄せ、ふたりでお弁当を広げていた。
「ーーというわけで、奏に助けてもらっちゃった」
早速、梨奈に嬉しい報告を。
甘い卵焼きを頬張りながら、笑顔を向けたのに、梨奈は一緒に喜んでくれず、なぜか憐れみの目を向けられる。