奏 〜Fantasia for piano〜
心臓がドクンドクンと不協和音を奏でていた。
うちの高校は普通科しかないのに、プロのピアニストを目指している奏が転校してくるはずはない。
もし彼が奏だとしたら、それは夢を諦めたことに繋がりそうで、私にとって望まぬ展開になってしまう。
違うよね……他人の空似だよね……。
奏じゃないと思いたくて、違う点を探していた。
よく見れば、目の形が違う気もする。
奏はくりっとした二重の大きな目をしていたけど、彼は切れ長二重で、涼やかな印象の目もとをしている。
他にもある。
丸顔で可愛らしい奏に対して、彼は面長で綺麗な顔つき。
奏は喉仏だって出ていなかったし、顔の輪郭だってもっと柔らかくて……。
奏が成長したら、彼のような顔になりそうだと分かっていても、それを否定したい気持ちでいっぱいだった。
しかし、担任の先生が黒板に書いた名前を見て、希望が打ち砕かれる。
『香月(コウヅキ)奏』
奏だ……。
ありふれた名前じゃないから、やっぱり彼は奏なのだろう。
じゃあ、ピアノはどうしたの?
大人みたいに上手に弾きこなし、天才と言われていた五歳の彼は、キラキラした目で夢を語っていた。
『大きくなったらプロのピアニストになるんだ。僕のピアノを聴いてもらうために、世界中を飛び回るんだよ』