【短編】きっと、本気の恋だった。
朝のうちに訳を聞ければ良かったのだけれど、何か事情があるのかと思って気を利かせたつもりでいた。
夕方まで待ったところでまた違う種類の謎が出てきてしまった。
「琴羽は…別に、気にしてないと思ってた」
「気にするわ、普通の人なら」
もう、と少し睨むと円は少し口許を緩めて、それを隠すように腕時計を見た。
もう少しで車が来る時間だ。欠伸が出てしまいそう。
どうも最近は眠くて困る。
車の中で寝た後は誰かが運んでくれたのか、ベッドで夜まで眠ってしまうのだ。
これでは家での勉強時間が少なくなってしまう。
眠気を覚ますために教室内を無意味に歩く。
コツコツと靴の音が響いた。
「私なら尚更よ。円のことならすぐに気がつくわ」
それに、私─冷泉 琴羽(れいぜい ことは)はお父様の意のままに動かねばならないのだから。
常にトップでいることを心がけるべきなのだ。
気配りも欠かしてはならない。
「眠そうだ」
「え?ああ…やっぱりそう見えるの。まだまだ修行が足りないわね。お父様に叱られちゃうわ」
「琴羽はもう少しわがままを言っても良い、と思う」
「紫香楽のお父様はお優しい方だから、円みたいにそう言って下さるけれど─私のお父様は違うもの。だからお父様が納得なさったその時が、私がわがままを言って良いときだと理解しているわ」
紫香楽 円(しがらき まどか)、円のフルネーム。
紫香楽家と冷泉家は昔から仲が良かったけれど、同時にライバル同士でもある。
負けず嫌いのお父様は、紫香楽のお父様に負けまいと日々努力なさっているのだ。
だから、私も日々頑張らなければならない。
お父様の自慢の娘になれるように。
自分を殺してでも、そう─操り人形と化しても。
そう自らに言い聞かせ、ふと思いついて円を振り返る。
「私がわがままを言えるのは円だけよ」
「そうか」
円が少し口角を上げて、いつものように笑った。