クラリネット吹きはキスが上手いのかという問題について

◇◆◇


3月の紳士服店は一番の稼ぎ時。
今日はお客様が多いなぁ。
新生活前、気合い入れて頑張るぞっ。


接客していたお客様をお見送りした後。

「すみません、礼服、出来てますか?」

と、スーツ姿の背の高い男性に声をかけられた。

あら、なかなかいい男の雰囲気……って顔を見ると、


……麻生くんっっ‼︎⁉︎


ぶっちゃけ、見違えた。

髪、短くなってるし。

スーツに着られてない。
ちゃんと着こなしてるし。

フレッシュな好青年です、って感じよ!

一体、君に何が起きた⁉︎

「今日、入社説明会だったんです。灯里さんに見せたくて、そのまま来ちゃいました」

……その格好で、その笑顔で、あたしの名前を呼ばないで。
ぐらっと来そうになるから。

あたしってばどれだけスーツフェチなんだよ!と自分にツッコむ。

「礼服ですよねっ、出来てますよ。着てみますか?」

「いえ、今日はお客さんが多くて、灯里さん忙しそうなので、やめておきます。本番までとっておきます」

あら。なかなかの気遣い。

「でも、本番前に一度家で着て、楽器吹くのに窮屈じゃないか、確認しておいたほうがいいですよ」

「ああ、それはします。でもさっきのはそういう意味じゃなくて」

「え?」

「灯里さんに見せるの、本番までとっておきます」


…………まじか。

この間から、スーツを着ると強気になる麻生くんに、どうも調子を狂わされるな。


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