クラリネット吹きはキスが上手いのかという問題について
お見送りを終えると、閉店時間が迫っていた。

もうお客様はいらっしゃらないかな?
店内をぐるっと見回すと。

おや?

麻生くん?

目が合うと、かすかに微笑んで会釈してきた。


「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」

「すごいですね、接客。お客さんを笑顔にするなんて」

見られてたのか。
褒められて、今日はあたしが顔を赤くする。

「好きなんだよね、お客さんが笑顔で帰っていかれるの。お買い上げいただいた服で日常を過ごしていただける風景を想像して、自己満足してるの」

「好きなんですね、この仕事」

スーツフェチなの、とはさすがに言えない。

「……いいことばかりじゃないけどね。クレーム受けたりすると落ち込むし。でも、たまにうれしいことがあるから、頑張れるかな」

「……そうですか」

おやおや。仕事で何かあったのかな。元気ない。

「新社会人、慣れるまで大変だよね」

あたしの言葉に、麻生くんは困ったように笑った。

「大丈夫。麻生くんには、社会人の先輩、オケにたっくさんいるじゃない! 悩んだ時に相談する人、よりどりみどりだよ!」

明るく励ますと。

彼は、少し緊張した面持ちで言った。

「じゃあ、相談にのっていただけますか?」

……ええと。

……これは断れないでしょう。

「じゃ、仕事終わるまで、向かいの本屋さんで待っててくれる?」

彼は、ほっとしたように笑ってうなづいた。

あー、すごく頑張ってさっきのセリフを言ったんだろうな、って、かわいく思えて、かすかにきゅんとした……って、どうした、あたし⁉︎


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