君の声が聞こえる
「改めて自己紹介するね。根山 希子」
「あ、えーっと、僕は奏 駆琉です」
「スイミング同好会の会長の野々宮 若葉!」
駅前のファミレス。
夕方ということで、ちょうど店内は込み合っていた。そんな中、何故か自分達に付いてきたスイミング同好会の会長を、駆琉と希子はどちらともなくチラリと見る。
「何でついて来たんですか?」
お前が言え、と希子からの無言の圧力を感じて駆琉が尋ねた。
「いやだって安西さんの彼氏と友達がファミレスって怪しいじゃん。もし浮気なら安西さんに言い付けて借りを作って、スイミング同好会に入ってもらおうと思って」
「彼氏じゃないです!」
あっけらかんと笑う若葉に、駆琉と希子の声が重なった。「あ、そうなの? ごめーん」と若葉は悪びれもせずに返し、さっき注文したドリンクバーのため立ち上がる。
「あの人がいたら話しにくい」
ドリンクバーで飲み物を選ぶ若葉の後ろ姿を見つつ、希子がげんなりした顔で言った。
まさか若葉まで付いてくるとは予想外だった、駆琉は同意を示すように頷く。
「だよね。別の場所に行く?」
「でもあからさまに別の話をして違う場所に行くのは、先輩に対して失礼だから我慢する。野々宮さん、2年だし」
(先輩を気にするって、根山さん、運動部なのかな)
はぁ、と小さな溜め息。
諦めているようなその言い方に、駆琉はそっとそんなことを思った。希子は150センチあるかないかという小柄なので、一見すると文化部のようだが骨太な感じな体格などは正に体育会系。某有名なカバのようなキャラクターのアニメの女の子に似てるな、と思いつつ、駆琉は「運動部なの?」と聞いてみた。
「そうだよ」
「へー何部?」
そこで、一度希子の動きが止まる。
首を傾げる駆琉の様子を伺いつつ、希子は小さな声で呟いた。
「……バレー部」
「バレー部!?」
「どうせチビのくせにバレー部ってどうしてとかいいたいんでしょ、知ってるー!」
「まだ何もいってないけど!?」
「うるさい! 顔にそう書いてある! 余計なお世話だからほっといて!」
「いやだから」
「顔にそう書いてあったんだからね! はい、この話は終了!」
希子は言い切ると、ドリンクを取りに立ち上がった。入れ替わりで若葉が帰ってきて、駆琉の前にコーラを置く。
「コーラでよかった? 痴話喧嘩?」
「ありがとうございます。違います」
「ごめんごめん、安西さんの取り合いやったな」
「それも違います……」
何で誰も話を聞いてくれないのだろう。駆琉はコーラを一口飲んでから、大きく溜め息を吐き出すしかなかった。
「幸せ逃げるでー」
「…………」
ドン、と希子が一気飲みしたコップをテーブルに置く。無言のまま、若葉を指差す。
「失礼を承知で言います! 彩花はもう水泳をやりません! だからスイミング同好会に誘うのはやめてあげてください!」
いきなりそうきたか。
みんなで注文したフライドポテトを食べていた駆琉は、口に入っていたポテトをとりあえず丸飲みした。
「根山さん、あの……」
「奏くんからも言ってましたよね! 彩花が困ってるからやめてあげてくださいって。本当にその通りです。やめてあげてください! 彩花は水泳をやめました!」
「落ち着こう、ね?」
今度は駆琉の隣で、ドン、と音がした。
若葉がまだ半分ほどドリンクが残っているコップをテーブルに置いた音だ。
「安西さんからイヤって聞いてません! それに安西さんが水泳やめるわけあらへんやろ! 友達か知らんけど適当なこと言わんといて!」
「やめました! 彩花は迷惑してます!」
「そんなんわかりませんー! あなたは安西さんなんですかー!」
「その言い方なんですか!」
子どものケンカみたいになってきた。
どうやらこの2人の相性は悪いらしく、話しているだけでイライラが増すようだ。駆琉はオロオロしながら、呪文みたいに「落ち着いて」と繰り返す。
「ていうか! 少年はどう思うん!」
作り笑いを浮かべていた駆琉を、若葉が指差す。突然話をふられ、駆琉は目を見開いた。駆琉の前に座る希子までもが、ギロリとこちらを睨む。
「えっ、ぼ、僕は」
「彼氏やろ!」
「か、彼氏ではないですけど、僕は」
そもそも、ここにやって来た理由はーーー……駆琉はそれを思い出し、2人を落ち着かせるためゆっくりと言った。
「何で根山さんは、安西さんが水泳をやめたって思うの? 安西さんは昨日、確かに泳いでたのに」
こちらを睨んでいた希子が口を閉ざし、目を伏せた。
若葉が「そうやそうや」とチャチャを入れる。
「だって安西さんって中1で大会新出したんやで? 日本新も夢じゃない記録やったし、地元テレビがオリンピック候補とかってめっちゃ取材受けてたし。そんな子が水泳やめるわけ……」
「それです。それが原因です」
まるで自分のことのように、意気揚々と語る若葉の言葉を遮って希子が言い切る。
中学1年で出した大会新記録。
若葉が言うには、当時は相当騒がれたようだ。テレビやら新聞やらで騒がれたのかもしれない。
(そういえば「アンタと同い年の子が大会新だって」って母さんが騒いでたような気がする)
それがまさか自分の、運命の人だったなんて。
「キコが……私が、彩花に水泳をやめさせたんです」
希子は改めてそう宣言し、自分落ち着かせるかのように深呼吸した。
もしも彼女が彩花だとしたら、きっと今、自分は彼女の心の声が落ちてきていたはずだと駆琉は思った。「あいうえお」と、落ち着かせるための心の声が。
「どういうこと?」
続きを促した若葉の声に、希子は口を開く。
「あの子、泳げなくなったんです」
「あ、えーっと、僕は奏 駆琉です」
「スイミング同好会の会長の野々宮 若葉!」
駅前のファミレス。
夕方ということで、ちょうど店内は込み合っていた。そんな中、何故か自分達に付いてきたスイミング同好会の会長を、駆琉と希子はどちらともなくチラリと見る。
「何でついて来たんですか?」
お前が言え、と希子からの無言の圧力を感じて駆琉が尋ねた。
「いやだって安西さんの彼氏と友達がファミレスって怪しいじゃん。もし浮気なら安西さんに言い付けて借りを作って、スイミング同好会に入ってもらおうと思って」
「彼氏じゃないです!」
あっけらかんと笑う若葉に、駆琉と希子の声が重なった。「あ、そうなの? ごめーん」と若葉は悪びれもせずに返し、さっき注文したドリンクバーのため立ち上がる。
「あの人がいたら話しにくい」
ドリンクバーで飲み物を選ぶ若葉の後ろ姿を見つつ、希子がげんなりした顔で言った。
まさか若葉まで付いてくるとは予想外だった、駆琉は同意を示すように頷く。
「だよね。別の場所に行く?」
「でもあからさまに別の話をして違う場所に行くのは、先輩に対して失礼だから我慢する。野々宮さん、2年だし」
(先輩を気にするって、根山さん、運動部なのかな)
はぁ、と小さな溜め息。
諦めているようなその言い方に、駆琉はそっとそんなことを思った。希子は150センチあるかないかという小柄なので、一見すると文化部のようだが骨太な感じな体格などは正に体育会系。某有名なカバのようなキャラクターのアニメの女の子に似てるな、と思いつつ、駆琉は「運動部なの?」と聞いてみた。
「そうだよ」
「へー何部?」
そこで、一度希子の動きが止まる。
首を傾げる駆琉の様子を伺いつつ、希子は小さな声で呟いた。
「……バレー部」
「バレー部!?」
「どうせチビのくせにバレー部ってどうしてとかいいたいんでしょ、知ってるー!」
「まだ何もいってないけど!?」
「うるさい! 顔にそう書いてある! 余計なお世話だからほっといて!」
「いやだから」
「顔にそう書いてあったんだからね! はい、この話は終了!」
希子は言い切ると、ドリンクを取りに立ち上がった。入れ替わりで若葉が帰ってきて、駆琉の前にコーラを置く。
「コーラでよかった? 痴話喧嘩?」
「ありがとうございます。違います」
「ごめんごめん、安西さんの取り合いやったな」
「それも違います……」
何で誰も話を聞いてくれないのだろう。駆琉はコーラを一口飲んでから、大きく溜め息を吐き出すしかなかった。
「幸せ逃げるでー」
「…………」
ドン、と希子が一気飲みしたコップをテーブルに置く。無言のまま、若葉を指差す。
「失礼を承知で言います! 彩花はもう水泳をやりません! だからスイミング同好会に誘うのはやめてあげてください!」
いきなりそうきたか。
みんなで注文したフライドポテトを食べていた駆琉は、口に入っていたポテトをとりあえず丸飲みした。
「根山さん、あの……」
「奏くんからも言ってましたよね! 彩花が困ってるからやめてあげてくださいって。本当にその通りです。やめてあげてください! 彩花は水泳をやめました!」
「落ち着こう、ね?」
今度は駆琉の隣で、ドン、と音がした。
若葉がまだ半分ほどドリンクが残っているコップをテーブルに置いた音だ。
「安西さんからイヤって聞いてません! それに安西さんが水泳やめるわけあらへんやろ! 友達か知らんけど適当なこと言わんといて!」
「やめました! 彩花は迷惑してます!」
「そんなんわかりませんー! あなたは安西さんなんですかー!」
「その言い方なんですか!」
子どものケンカみたいになってきた。
どうやらこの2人の相性は悪いらしく、話しているだけでイライラが増すようだ。駆琉はオロオロしながら、呪文みたいに「落ち着いて」と繰り返す。
「ていうか! 少年はどう思うん!」
作り笑いを浮かべていた駆琉を、若葉が指差す。突然話をふられ、駆琉は目を見開いた。駆琉の前に座る希子までもが、ギロリとこちらを睨む。
「えっ、ぼ、僕は」
「彼氏やろ!」
「か、彼氏ではないですけど、僕は」
そもそも、ここにやって来た理由はーーー……駆琉はそれを思い出し、2人を落ち着かせるためゆっくりと言った。
「何で根山さんは、安西さんが水泳をやめたって思うの? 安西さんは昨日、確かに泳いでたのに」
こちらを睨んでいた希子が口を閉ざし、目を伏せた。
若葉が「そうやそうや」とチャチャを入れる。
「だって安西さんって中1で大会新出したんやで? 日本新も夢じゃない記録やったし、地元テレビがオリンピック候補とかってめっちゃ取材受けてたし。そんな子が水泳やめるわけ……」
「それです。それが原因です」
まるで自分のことのように、意気揚々と語る若葉の言葉を遮って希子が言い切る。
中学1年で出した大会新記録。
若葉が言うには、当時は相当騒がれたようだ。テレビやら新聞やらで騒がれたのかもしれない。
(そういえば「アンタと同い年の子が大会新だって」って母さんが騒いでたような気がする)
それがまさか自分の、運命の人だったなんて。
「キコが……私が、彩花に水泳をやめさせたんです」
希子は改めてそう宣言し、自分落ち着かせるかのように深呼吸した。
もしも彼女が彩花だとしたら、きっと今、自分は彼女の心の声が落ちてきていたはずだと駆琉は思った。「あいうえお」と、落ち着かせるための心の声が。
「どういうこと?」
続きを促した若葉の声に、希子は口を開く。
「あの子、泳げなくなったんです」