君の声が聞こえる
第二章
1
「え? 水が怖いのに安西とそんな約束したの? バカだろ」
土日を挟んでの月曜日。
土日で散々と悩んだ末、勇介に報告した駆琉に対し、友人は口をへの字にしたまま、きっぱりと言い切ったのだった。
思わず言葉に詰まる。駆琉だって確かに、自分でも勢い任せでバカげた約束をした、とは思ったがでもーーー……。
「こういうときって、ウソでも『カッコいい』とか言うもんじゃないの? 女の子のために頑張るんだよ」
「オンナノコノタメ、ガンバル、カケルッチ、スゲェカッコイイ」
「感情行方不明事件起こすのやめてほんと」
完全にバカにされてる、これは。
あーもー言うんじゃなかったーと、頭を抱えながら嘆く駆琉に勇介は「でもさ」と続けた。
「駆琉っちってそんなに安西が好きなの? 憧れてるだけだと思ってたっつーか、結構意外だわ」
「す、好きって言うか」
運命の人って言うか。
どうした、と勇介は首を傾げているが、駆琉は何と言えばいいのかわからなくて「あー」とだけ声を漏らした。悩んでいるうちに一時間目の授業の教師が入ってくる、勇介が慌てて席に着いた。
(安西さんが好き、か……)
黒板をチョークが走る音。
まだ高校生活は始まったばかりで、最初の授業だからこその静けさ。
クラスメートは真新しいノートに教師が綴る単語を書き移す。最初の授業。初めての内容。馴染みのない顔。
この違和感もすぐになくなるはずだ、駆琉は冷静にそれを感じながら彩花のことをかんがえていた。
彩花は運命の人だ、彩花の心の声が自分には聞こえる。けれどーーー……好き?
(好きなのかな、僕は安西さんが……綺麗だと思うし、嫌いではない。 嫌われたらショックだし、苦しんでいたら助けてあげたい。あんなに綺麗な人が僕の恋人になってくれたらみんなに自慢できるって思うし、でも……)
駆琉の頭の中で、彩花の姿が回る。
微笑んだ顔、嫌そうな顔、不快そうな顔、不愉快そうな顔……駆琉に向けて明らかに、マイナスな印象を抱いている表情が多いのは仕方ないとしても。
それでも、駆琉は眉を寄せた。
(彼女は僕の運命の人だから、こんな感情を抱くのかもしれない。ずっと心の声が聞こえていたから、安西さんは特別だ。でもそれは、異性として僕が安西さんを好きかっていうと……好きだとははっきりと言えない気がする)
彩花は美しい。
クラスメート達よりもぐん、と大人びていて、声や仕草も酷く落ち着いている。
美しいと思う。綺麗だと思う。見ていたいと思う。けれど触れたいか?
(……だって、付き合ってくださいって言ったとして安西さんに断られても、僕は何度も告白できると思えない。フラれて当然だと思うから諦めてしまうかも……じゃあ僕は安西さんが好きじゃないのかな)
よくわからなくなって、駆琉は彩花を見た。
教師の声がする。テストに出る、なんて単語が飛ぶ。まだ新しい生活が始まったばかりなのにテストだなんて。
それでも駆琉は、まだ現実感のないテストに向けて教師が告げる言葉を書き綴ったのだった。
(とりあえず目下最大の悩みは、50メートル泳げるようになることだ)
スイミング同好会の会長に相談しなければ、と駆琉は思う。
彩花がスイミング同好会に入る可能性が出てきたのだ、きっと喜んでくれるだろうーーー……。
「水も怖いのに1週間で50メートル泳げるようになるとか無理な話やん、そういうのに巻き込んでくるん、ほんま勘弁して」
いや待って。
若葉の反応が予想と違いすぎて、駆琉は思わず心の中で呟いた。
放課後に2年の教室にまで出向き、運良く若葉が見つかったまではよかった。そこから、駆琉の予想では「ほんまにー!? 絶対に頑張ろうな!」となって、若葉が泳ぎ方を教えてくれるーーー……はずだったのだが。普段から細い目の若葉が、更に目を細くして首を振っている。
「で、でも! ここで僕が50メートル泳げるようになったら、安西さんはスイミング同好会に入りますよ!」
けれどここで諦めてしまったらダメだ。
若葉が協力してくれることを見越しての発言だったので、断られてしまったらプールの確保や泳ぎ方を誰に教わればいいのか。
先に若葉と交渉しておけばよかった、と駆琉は公開しつつ言い返す。
しかし、若葉は厳しかった。
「いやまぁそうやねんけども。けどもやで? 無理やったときに『じゃあスイミング同好会に入らないってことで』ってなったら、もう交渉できんやつやん。終わりやん。やからスイミング同好会まで巻き込んでくるん勘弁して」
無理無理無理無理、とますます首を振る。
やばい。これはまずい。
「お、泳げるようになったら大丈夫ですから、僕に泳ぎ方……」
「無理やん。水怖いとこから今週の金曜までに50メートルとか無理やん。ていうか金曜に約束したんやろ、土日なにしとったん? どっかで練習してたん?」
「水泳に関する本を読み、潜る練習してました。お風呂で」
「絶対に無理やん! お風呂て! ナメとんのか! はい関わってこんといてースイミング同好会関係ないやつですーお疲れー若葉ちゃんパイセン閉店でーす」
わざわざシャッターを閉める動きまでして、若葉は教室に入ってしまう。
残された駆琉はがっくりとし、その場でしゃがみこんだ。
(ど、どうしよう)
スイミング同好会に頼りきっていた自分が情けない、こうなることを想像もしていなかった。
練習するプールに、泳ぎ方。
勇介はフットサル部だし、希子はバレーボール部。自分だけしか頼れない。
(プールはあの、安西さんが泳いでるプールを使うとしても泳ぎ方……)
彩花の前で大見得を切った手前、彩花がいるかもしれないプールで泳ぐなんて恥ずかしいが、背に腹は代えられない。
顔すら浸けることが出来なかった自分だけでどうにかなるとも思えなかったが、それでも。
(と、とにかく練習だ)
泳ぎ方やコツや水泳のウンチクなんかはとりあえず叩き込んできた。知識だけはある。やってみせる!
「え? 水が怖いのに安西とそんな約束したの? バカだろ」
土日を挟んでの月曜日。
土日で散々と悩んだ末、勇介に報告した駆琉に対し、友人は口をへの字にしたまま、きっぱりと言い切ったのだった。
思わず言葉に詰まる。駆琉だって確かに、自分でも勢い任せでバカげた約束をした、とは思ったがでもーーー……。
「こういうときって、ウソでも『カッコいい』とか言うもんじゃないの? 女の子のために頑張るんだよ」
「オンナノコノタメ、ガンバル、カケルッチ、スゲェカッコイイ」
「感情行方不明事件起こすのやめてほんと」
完全にバカにされてる、これは。
あーもー言うんじゃなかったーと、頭を抱えながら嘆く駆琉に勇介は「でもさ」と続けた。
「駆琉っちってそんなに安西が好きなの? 憧れてるだけだと思ってたっつーか、結構意外だわ」
「す、好きって言うか」
運命の人って言うか。
どうした、と勇介は首を傾げているが、駆琉は何と言えばいいのかわからなくて「あー」とだけ声を漏らした。悩んでいるうちに一時間目の授業の教師が入ってくる、勇介が慌てて席に着いた。
(安西さんが好き、か……)
黒板をチョークが走る音。
まだ高校生活は始まったばかりで、最初の授業だからこその静けさ。
クラスメートは真新しいノートに教師が綴る単語を書き移す。最初の授業。初めての内容。馴染みのない顔。
この違和感もすぐになくなるはずだ、駆琉は冷静にそれを感じながら彩花のことをかんがえていた。
彩花は運命の人だ、彩花の心の声が自分には聞こえる。けれどーーー……好き?
(好きなのかな、僕は安西さんが……綺麗だと思うし、嫌いではない。 嫌われたらショックだし、苦しんでいたら助けてあげたい。あんなに綺麗な人が僕の恋人になってくれたらみんなに自慢できるって思うし、でも……)
駆琉の頭の中で、彩花の姿が回る。
微笑んだ顔、嫌そうな顔、不快そうな顔、不愉快そうな顔……駆琉に向けて明らかに、マイナスな印象を抱いている表情が多いのは仕方ないとしても。
それでも、駆琉は眉を寄せた。
(彼女は僕の運命の人だから、こんな感情を抱くのかもしれない。ずっと心の声が聞こえていたから、安西さんは特別だ。でもそれは、異性として僕が安西さんを好きかっていうと……好きだとははっきりと言えない気がする)
彩花は美しい。
クラスメート達よりもぐん、と大人びていて、声や仕草も酷く落ち着いている。
美しいと思う。綺麗だと思う。見ていたいと思う。けれど触れたいか?
(……だって、付き合ってくださいって言ったとして安西さんに断られても、僕は何度も告白できると思えない。フラれて当然だと思うから諦めてしまうかも……じゃあ僕は安西さんが好きじゃないのかな)
よくわからなくなって、駆琉は彩花を見た。
教師の声がする。テストに出る、なんて単語が飛ぶ。まだ新しい生活が始まったばかりなのにテストだなんて。
それでも駆琉は、まだ現実感のないテストに向けて教師が告げる言葉を書き綴ったのだった。
(とりあえず目下最大の悩みは、50メートル泳げるようになることだ)
スイミング同好会の会長に相談しなければ、と駆琉は思う。
彩花がスイミング同好会に入る可能性が出てきたのだ、きっと喜んでくれるだろうーーー……。
「水も怖いのに1週間で50メートル泳げるようになるとか無理な話やん、そういうのに巻き込んでくるん、ほんま勘弁して」
いや待って。
若葉の反応が予想と違いすぎて、駆琉は思わず心の中で呟いた。
放課後に2年の教室にまで出向き、運良く若葉が見つかったまではよかった。そこから、駆琉の予想では「ほんまにー!? 絶対に頑張ろうな!」となって、若葉が泳ぎ方を教えてくれるーーー……はずだったのだが。普段から細い目の若葉が、更に目を細くして首を振っている。
「で、でも! ここで僕が50メートル泳げるようになったら、安西さんはスイミング同好会に入りますよ!」
けれどここで諦めてしまったらダメだ。
若葉が協力してくれることを見越しての発言だったので、断られてしまったらプールの確保や泳ぎ方を誰に教わればいいのか。
先に若葉と交渉しておけばよかった、と駆琉は公開しつつ言い返す。
しかし、若葉は厳しかった。
「いやまぁそうやねんけども。けどもやで? 無理やったときに『じゃあスイミング同好会に入らないってことで』ってなったら、もう交渉できんやつやん。終わりやん。やからスイミング同好会まで巻き込んでくるん勘弁して」
無理無理無理無理、とますます首を振る。
やばい。これはまずい。
「お、泳げるようになったら大丈夫ですから、僕に泳ぎ方……」
「無理やん。水怖いとこから今週の金曜までに50メートルとか無理やん。ていうか金曜に約束したんやろ、土日なにしとったん? どっかで練習してたん?」
「水泳に関する本を読み、潜る練習してました。お風呂で」
「絶対に無理やん! お風呂て! ナメとんのか! はい関わってこんといてースイミング同好会関係ないやつですーお疲れー若葉ちゃんパイセン閉店でーす」
わざわざシャッターを閉める動きまでして、若葉は教室に入ってしまう。
残された駆琉はがっくりとし、その場でしゃがみこんだ。
(ど、どうしよう)
スイミング同好会に頼りきっていた自分が情けない、こうなることを想像もしていなかった。
練習するプールに、泳ぎ方。
勇介はフットサル部だし、希子はバレーボール部。自分だけしか頼れない。
(プールはあの、安西さんが泳いでるプールを使うとしても泳ぎ方……)
彩花の前で大見得を切った手前、彩花がいるかもしれないプールで泳ぐなんて恥ずかしいが、背に腹は代えられない。
顔すら浸けることが出来なかった自分だけでどうにかなるとも思えなかったが、それでも。
(と、とにかく練習だ)
泳ぎ方やコツや水泳のウンチクなんかはとりあえず叩き込んできた。知識だけはある。やってみせる!