君の声が聞こえる
笑いながらプールを歩く人達。
大人顔負けってくらい泳ぐ小学生。
お腹の子どものために泳ぐ妊婦さん……
「あっちとは全然雰囲気が違うね!」
ブイによって5コース区切られたプールは、たくさんの人が笑っている。
さっきまでいた総合体育館のプールとは全く違う雰囲気に、駆琉は「おおー」と歓声をあげながら見渡した。
「あっちは県立でこっちは市民プールだからかな。水深も、ここは1.2メートルで深いところでも1.4メートルくらいだから。小学生でも泳ぎやすいし、歩くのも禁止されてないから」
「プールなんてどこも同じだと思ってた」
「県立総合体育館のプールは大人向けだよね。50メートルプールだし。こっちは25メートルだからちょっと小さい」
ガッツリ泳ぎたい人には不向きだけどね、飛び込みも禁止だから。
そう付け足した彩花は、駆琉の隣で思いきり伸びをする。
(それにしても、安西さんって脚長いな)
もちろんここは市民プールの中。
小学生も歩いているおばちゃん達も妊婦さんも駆琉も水着で、彩花だってもちろん水着。
長い黒髪を水泳帽にきっちりとまとめているせいか、彩花のスレンダーな体型や脚の長さは十二分に際立つ。
花柄や学校用の水着の人が大半の中、彩花が着る競泳用の水着はほとんどが紺色のシンプルなもので、余計に目を引いた。
(野々宮さんと比べたらあんまり胸はないけど、脚は細いしバランスはいいし……)
頭の中に、巨乳でむっちりとした体型の野々宮が浮かんでくる。
その隣にスレンダーな彩花を並べるとどうしても申し訳ない気持ちになった、駆琉は頭を振る。
頭の中からくだらない妄想を追い出そうとする駆琉の隣で、既に準備運動を終えた彩花はプールを見渡していた。
「じゃあ、真ん中の2コースが泳ぐの専門のコースみたいだから私は泳ぐけど……」
「えっ、あ、じゃ、じゃあ僕は」
「泳げないなら、右の端のコースは遊んだり潜ったりするコースだよ。その隣は歩くコースだけど」
右端のコース。
小学生や小さい子ども連れの親子が遊んでいるコースだ。
確かに彩花が行こうとしている真ん中2つのコースは泳いでいる人しかおらず、右から2つ目のコースは歩いている人専門。
他のコースより広めに幅をとっている左端のコースは、妊婦さん達が水の中で体操をしているコースだしーーー……。
(でもそもそも僕は……)
言い出せなくて困惑する駆琉をよそに、彩花はスタスタと真ん中のコースに向かう。
ちょうどそのとき、プールサイドの高い椅子に座っていた何人もの監視員が一斉に笛を鳴らした。
『1時間経ちました。プールサイドにあがって休憩を行ってください。1時間経ちました。プールサイドにあがって休憩を』
泳いでいた人、歩いていた人、遊んでいた子ども達が次々とプールサイドに上がってくる。
「もう1時間かー」とか、「もっと遊びたい」という声を残しながら、あれだけワイワイとしていたプールから人がいなくなった。
誰もいなくなったプールを、監視員達がキョロキョロと見回している。
「え、なにこれ。も、もう終わりってこと?」
来たばかりなのに?
せっかく彩花が送ってくれたのに?
青ざめる駆琉に、監視員と話していた彩花が歩み寄ってくる。
「ここのプール、健康のために1時間ごとに5分間の、休憩があるみたい」
みれば、妊婦さん達だけを残してプール利用者達は別のことをしている。
プールサイドにある、足のツボを刺激する8の字型のコースを歩いていたり。
シャワーを浴びていたり、ベンチに座っていたり、足だけ浸かれるジャグジーのようなものに浸かっていたり。
「それに溺れている人がいないかの確認もしてるみたい」
監視員達がプールの中を見渡し、話し合っている。真剣な顔で話し合う監視員達を見ていると、プールというのは一歩間違えれば死に至ることがあるのだと、しみじみ思う。
水が怖い駆琉は、少しゾッとした。
「タイミング悪かったね」
と、壁にもたれかかって彩花が笑う。
「安西さん、あの」
このタイミングしかない。
50メートルを泳げるようになったらスイミング同好会に入ってほしい、と取引した相手である彩花に頼るなんて情けないが、せめてこれだけは。
「僕、その……水の中で目を開けることすらできなくて……」
「え?」
彩花が目を丸くする。
髪の毛が全部水泳帽に入っているせいで、彩花の美しい顔に浮かぶ表情が普段よりもよくわかる。
情けない、けれどここで引くわけにはいかない。恥ずかしさと情けなさで彩花の顔を見れなくて、駆琉は目をつぶりながら言い切った。
「水の中で目を開ける方法とか、泳ぐコツとか、お、教えてほしいです」
言った! 言えた!
チラリと彩花を伺うと、黒い瞳と目が合う。彩花が息を吐き出した。
「いいよ」
「え、本当に?」
「ここに連れてきたのは私だしね」
絶対に断られると思ったのに。
今は彩花の優しさにすがるしかない、駆琉は笑顔を浮かべる。よかった、これで少しは泳げるようにーーー……。
『目も開けられないのに泳ぐコツも何もないけど』
(おっしゃる通りです)
プールに入ってもいいというアナウンスがして、彩花が「行こう」と言った。
大人顔負けってくらい泳ぐ小学生。
お腹の子どものために泳ぐ妊婦さん……
「あっちとは全然雰囲気が違うね!」
ブイによって5コース区切られたプールは、たくさんの人が笑っている。
さっきまでいた総合体育館のプールとは全く違う雰囲気に、駆琉は「おおー」と歓声をあげながら見渡した。
「あっちは県立でこっちは市民プールだからかな。水深も、ここは1.2メートルで深いところでも1.4メートルくらいだから。小学生でも泳ぎやすいし、歩くのも禁止されてないから」
「プールなんてどこも同じだと思ってた」
「県立総合体育館のプールは大人向けだよね。50メートルプールだし。こっちは25メートルだからちょっと小さい」
ガッツリ泳ぎたい人には不向きだけどね、飛び込みも禁止だから。
そう付け足した彩花は、駆琉の隣で思いきり伸びをする。
(それにしても、安西さんって脚長いな)
もちろんここは市民プールの中。
小学生も歩いているおばちゃん達も妊婦さんも駆琉も水着で、彩花だってもちろん水着。
長い黒髪を水泳帽にきっちりとまとめているせいか、彩花のスレンダーな体型や脚の長さは十二分に際立つ。
花柄や学校用の水着の人が大半の中、彩花が着る競泳用の水着はほとんどが紺色のシンプルなもので、余計に目を引いた。
(野々宮さんと比べたらあんまり胸はないけど、脚は細いしバランスはいいし……)
頭の中に、巨乳でむっちりとした体型の野々宮が浮かんでくる。
その隣にスレンダーな彩花を並べるとどうしても申し訳ない気持ちになった、駆琉は頭を振る。
頭の中からくだらない妄想を追い出そうとする駆琉の隣で、既に準備運動を終えた彩花はプールを見渡していた。
「じゃあ、真ん中の2コースが泳ぐの専門のコースみたいだから私は泳ぐけど……」
「えっ、あ、じゃ、じゃあ僕は」
「泳げないなら、右の端のコースは遊んだり潜ったりするコースだよ。その隣は歩くコースだけど」
右端のコース。
小学生や小さい子ども連れの親子が遊んでいるコースだ。
確かに彩花が行こうとしている真ん中2つのコースは泳いでいる人しかおらず、右から2つ目のコースは歩いている人専門。
他のコースより広めに幅をとっている左端のコースは、妊婦さん達が水の中で体操をしているコースだしーーー……。
(でもそもそも僕は……)
言い出せなくて困惑する駆琉をよそに、彩花はスタスタと真ん中のコースに向かう。
ちょうどそのとき、プールサイドの高い椅子に座っていた何人もの監視員が一斉に笛を鳴らした。
『1時間経ちました。プールサイドにあがって休憩を行ってください。1時間経ちました。プールサイドにあがって休憩を』
泳いでいた人、歩いていた人、遊んでいた子ども達が次々とプールサイドに上がってくる。
「もう1時間かー」とか、「もっと遊びたい」という声を残しながら、あれだけワイワイとしていたプールから人がいなくなった。
誰もいなくなったプールを、監視員達がキョロキョロと見回している。
「え、なにこれ。も、もう終わりってこと?」
来たばかりなのに?
せっかく彩花が送ってくれたのに?
青ざめる駆琉に、監視員と話していた彩花が歩み寄ってくる。
「ここのプール、健康のために1時間ごとに5分間の、休憩があるみたい」
みれば、妊婦さん達だけを残してプール利用者達は別のことをしている。
プールサイドにある、足のツボを刺激する8の字型のコースを歩いていたり。
シャワーを浴びていたり、ベンチに座っていたり、足だけ浸かれるジャグジーのようなものに浸かっていたり。
「それに溺れている人がいないかの確認もしてるみたい」
監視員達がプールの中を見渡し、話し合っている。真剣な顔で話し合う監視員達を見ていると、プールというのは一歩間違えれば死に至ることがあるのだと、しみじみ思う。
水が怖い駆琉は、少しゾッとした。
「タイミング悪かったね」
と、壁にもたれかかって彩花が笑う。
「安西さん、あの」
このタイミングしかない。
50メートルを泳げるようになったらスイミング同好会に入ってほしい、と取引した相手である彩花に頼るなんて情けないが、せめてこれだけは。
「僕、その……水の中で目を開けることすらできなくて……」
「え?」
彩花が目を丸くする。
髪の毛が全部水泳帽に入っているせいで、彩花の美しい顔に浮かぶ表情が普段よりもよくわかる。
情けない、けれどここで引くわけにはいかない。恥ずかしさと情けなさで彩花の顔を見れなくて、駆琉は目をつぶりながら言い切った。
「水の中で目を開ける方法とか、泳ぐコツとか、お、教えてほしいです」
言った! 言えた!
チラリと彩花を伺うと、黒い瞳と目が合う。彩花が息を吐き出した。
「いいよ」
「え、本当に?」
「ここに連れてきたのは私だしね」
絶対に断られると思ったのに。
今は彩花の優しさにすがるしかない、駆琉は笑顔を浮かべる。よかった、これで少しは泳げるようにーーー……。
『目も開けられないのに泳ぐコツも何もないけど』
(おっしゃる通りです)
プールに入ってもいいというアナウンスがして、彩花が「行こう」と言った。